001 『マサカ』の話の始まり
『マサカ』の話-第1回
- はじめに-『マサカ』と『ヤハリ』そして『マタカ』
今年(西暦2000年、平成12年)の3月に長年勤務していた設計事務所を定年退職した。昭和38年の卒業以来設備施工業に8年半、建築設計監理業に28年半、計37年間建築設備関係の仕事に従事していた事になる。この間、技術的な又は技術以前のトラブル・クレームに数多く遭遇したが、これらトラブルの原因を性格付けしてみると『マサカ』と『ヤハリ』に大きく分けられる。設計監理、施工、建物管理いずれの立場にあっても、経験の浅い時期は『マサカ』によるトラブルが多く、経験を積むにしたがって『ヤハリ』の要素が増えてくる。しかし幾ら経験を積んでも『マサカ』は文字どうりの『マサカ』であって思いがけない所からトラブルが発生する。これに対し『ヤハリ』は予め想定出来るので何らかの対応が可能であるが、予想を上回ってトラブレばこれも『マサカ』の部類に入る。『ヤハリ』を繰り返せば『マタカ』である。色々な『ヤハリ』を繰り返し何度か痛い目に遭うと『ヤハリ』に対して厳しく対応するようになりトラブルも減少する。いずれにしても、トラブル防止に為には数多くの『マサカ』や『マタカ』の事例を数多く知っている事が望ましい。『マタカ』については論外ではあるが、個人の経験する範囲は限られており、多数のチョンボ事例が設計・施工・ビル管理夫々の技術者の共通知識となっていない限り『マサカ』は何処でも発生する可能性がある。
一般工業製品と違って建物の場合は、設計施工一体のケースを別として、設計・施工・管理は夫々別個の会社で行われており、情報の断絶が多い。これはまさに『情断大敵』である。施工者・ビル管理者側で対応・解決してしまうトラブル事例も多いが、設計者へのこれら情報の伝達は面倒でもぜひ心がけて頂きたい。トラブルについては某サブコンでまとめた物を初めとして色々な「トラブル事例集」が発行されている。これらには各種の『マサカ』・『ヤハリ』・『マタカ』(他所でもやっているのです)が多数紹介されており参考になる。これらとは出来るだけ重複しないようにし、差し障りない範囲での事例を紹介して諸兄の参考にしたい。
- トラブルと『アワヤ』について。
さて建築の設計・施工・ビル管理に当たって色々注意しなければならない事は多々有るが、トラブルを予防する事もその一つである。トラブルの要因は上記の業務の流れの至る所に転がっているが、トラブル事例を数多く知っている事がこれの予防に役立つ野は言うまでもない。一度やったチョンボはその人の大きな経験となって二度と繰り返す事は無いであろうが、他の人が同じ事を行う可能性は十分にある。トラブルやチョンボの情報を収集し周知徹底する事が必要な所以であるが、問題は情報収集である。誰でも自分にとって格好よくない事は隠しておきたいのが人情であるから一般的には大きなトラブルになった物しか表に出てこない。しっかりした会社ではこれらは会議などで報告され関係者に連絡されている。しかし設計・施工・ビル管理業務の進行に伴う数多くの(?)チョンボや小さなミス・配慮不足等は、担当者の力量・上司の配慮・施主を初めとする関係各社との良好な人間関係等により『アワヤ』のところでトラブルにせずに解決しているのが普通であり、表には出てこない物が多い。経験工学の積み重ねとも言うべき建築・設備の設計・施工・管理技術のレベルアップの為には、上記の『マサカ』や『ヤハリ』だけでなくこれらの隠された多数の『アワヤ』の中の参考になる事例も共通の体験とする必要がある。これらの情報がスム-ズに表に出てくるようにするには、ミスやトラブルに余り神経質にならず、施主や建物利用者に大きな迷惑を掛けたので無い限り笑って済ます様な各社の社内風土が望ましい。
- 『マサカ』の要因
色々気配りをして設計・施工を行ったつもりでも、建物が出来上がってから現れてくるのが『マサカ』である。『マサカ』の要因は2つある。建物の各設備それ自体に起因する物と、風・雨・水・音・熱・光・雪・氷等の自然現象によるものである。各設備それ自体によるトラブルはある程度予測できるが、各建物ごとに内容の異なる完全な一品生産である以上、数は少ないが『マサカ』の発生は避けられない。 特に建築計画と設備計画の境界の部分は業務範囲・責任範囲が明確でなく、この狭間でトラブルが発生しやすい。
自然現象が原因となる場合は季節や気象状態、設備の使われ方の状況により、トラブルは発生したりしなかったりする。ビル管理者の配慮によりある程度は防げるが、設計・施工上の問題がある場合は、ビル管理者だけでは対応できない。或一定の状況でなければ発生しない事もあって、これの原因究明は結構難しい。『マサカ』の発生する所以である。又自然災害の場合はどの程度まで許容されるのか判断が難しいところがある。いずれの場合も建物により状況が異なるので、設計・施工・ビル管理夫々の立場の技術者が、各種の『マサカ』に直接遭遇する機会は少ない。したがって似たような事例があったら是非ご紹介いただきたい。
- 茶飲み話の気分で
筆者が最初に入ったサブコンには、技術の話の好きな先輩が沢山居られた。昼休みや3時の休憩時間、勿論アフターファイブでも話題となるのは、自分達の経験談が多かった。全体的にがおおらかな会社であって、自分達の失敗やトラブルを「こんな事があったよ」と気軽に話せる雰囲気があった。当然私たち新米にとって『マサカ』の話も沢山出てくる。こういうときの話というものは意外に忘れずに良く覚えているもので、工事屋から設計屋に代わってからも色々参考になった。札幌勤務の経験のある上司から寒冷地での空調の方法や、蒸気コイルやトラップの凍結防止法に付いて細かいノウハウを教えられたのも、多分昼食後のコーヒーを飲みながらのことであったと思う。外気を蒸気加熱する場合に、通常の横型チューブのプレートフィン・コイルを使うと、凝縮したドレンがドレンヘッダーにたどり着く前に凍結してチューブがパンクするから(それ程寒いと言う事)、チューブを竪にしてフィンピッチを大きくしておく他に、外気がコイル部分だけを通過するような構造とする事(ドレンヘッダーに外気が触れれば当然凍結の恐れが発生する)とスケッチまで書いて説明していただいた事は今でも鮮明に記憶にある。
本で読んで勉強したり、講習会等に参加する事も大切であるが、先輩から茶飲み話に聞く技術話の方が実際の経験に基づいているので記憶に残り結構役に立つ事が多いものである。経済評論家の長谷川慶太郎氏は日本の高い技術力の背景の一つに赤提灯での技術の話を挙げておられる。
この連載も茶飲み話の積りで読んでいただき、諸兄の参考になれば幸いである。
(山本技術士事務所 所長)