建築設備トラブル㉘ 現象要因別トラブル㉔
<猿以前族のお話>
人類の祖先を遠く溯ると類人猿を通り越して猿に至ると言われている。ところが21世紀を迎えたという現代に「猿以前」の一族が日本人の一部として棲息している事はある種の業界の方々以外には殆ど知られていない。ここでは業務を通じて知り得た「猿以前族」の生態の一端について報告する。
某大学の施設の設計監理業務を行っていた頃の事である。担当者が中途入社の若手社員であったので筆者も一緒に総合定例会議に出席していた。定例の打合せ会の席で施主(管理の責任者の方)からトイレの大便器のフラッシュバルブの形について注文が出た。
要するに「絶対に壊されない物にして欲しい」との要望である。当初はレバーハンドル式で考えていたが施主はそれでは駄目との事。何しろ使うのは施主から見れば「猿以前族」であると言う訳である。蹴飛ばされても何をされても壊されないような方法を考えてくれとのことである。
何年か前に地方の某女子短大の設計監理物件があったので、その時の担当者に聞いた所、和風大便器の洗浄は床上のレバーハンドル式としたが、蹴飛ばされて壊されるのでハンドルの後ろにアングル補強を行って破壊防止対策としたとの事であった。(女子校ですぞ!)
検討した結果、トイレの壁面に押しボタン式の物を設け、なおかつボタンは(蹴飛ばされるので)出っ張り式とせずに、指で中に押し込んで水を流す方式とした。勿論メーカーの特注品となった。本来ならこれで一件落着である。
ところが竣工後に実際に使うのは「猿以前族」である。思いもよらぬ事がおきた。一年検査の際に施主から押しボタンを出っ張り式にして欲しいといわれた。「猿以前族」のなかに手の指の爪を長く伸ばしているものがいて、押しボタンの押込み方が充分でなく、流さなければいけない物が流れさないで残ることが多い、と言うのがその理由である。使用者の状況を考えて仕様を決めるのが我々の仕事ではあるが、「猿以前」の連中の生態に昏くこればかりは本当に「マサカ」であった。
似たような事例は駅のトイレや、留置所のトイレにもある。駅のトイレは出っ張り押しボタン方式が多いが、取付け位置が高く、立ち上がって操作するようになっている。又警察署の留置所では「猿以前族」どころか、「トラ」が滞在するので、係員が外部から遠隔操作で水を流す。何れも、使用者の生態をよく承知した上での処置である。
病院では、部門によっては病室の機器類は患者が操作できないようになっている、「猿以前」や「トラ」族ではないので、具体的な話は省略する。
コラムで紹介した某役所の施設のように、子供の場合は、いろいろな設備をいじったりしてトラブルを起こしていることは多いと思われるが、これも例えれば猿以前族の仕業といえる。
天窓やトップライトに乗って壊れ、下に落ちて死亡事故となった事例があるが、猿以前族が出入りする施設の管理者は大変である。
「かれらは猿以前だ」と云いたくなる方の気持ちはよくわかる。