建築設備トラブル概論 6.設備トラブルの性格付け
2023年06月27日
学問的区分とはいえないが、『設備と管理』誌連載のタイトルにちなんだ視点から話を始めることとする。
建築設備トラブルを性格付けしてみると、『マサカ』、『マタカ』、『ヤハリ』、『ナルホド』、『アワヤ』というように分けられる。この性格付けによるトラブルの捉え方は、計画から管理にいたるまでの設備技術者の位置づけや、経験によってもちろん異なる。たとえば経験の浅い若手社員にとっては『マサカ』のトラブル事例でも、経験豊富な技術者である上司にとっては『マタカ』である。設計者の『マサカ』は、施工者にとっては『マタカ』の場合が多く、こんな事も知らないのかという評価にもなる。逆に設計者の設計意図が理解できずに『マサカ』の施工や管理がなされることもある。ビル管理者は最終的な完成品について評価できる立場にはあるが、物事の決定に至る過程に参画していないので、どうしてこのような形になったのかについては理解できないことが多い。
このような性格付けが出来ることが、一般的工業製品のトラブルとの大きな違いと言っても良いのではなかろうか。
以下に夫々の評価付けをしてみる。
6.1 『マタカ』のトラブル
- 設備トラブルではこの種のものが最も多い。
- 因果関係が比較的明快であり、通常の施工ミスのように解決が早い。しかし原因が明らかでも、改善に大きな費用を必要とする場合は、誰が負担するか決まらず、解決が遅れる場合もある。
- 各社/各個人それぞれで、経験の違いにより同じようなトラブルを発生させている。ということは設備工学にとって経験工学的要素が大きいことを意味している。
- 又、トラブル情報の伝達に不備があり、これらトラブル情報が設計から管理にいたるまでの、設備業界・設備技術者の共通の情報となっていないことをが「マタカ」の原因である。
- マニュアルの徹底、社員教育で再発防止できるケースが多い。
- トラブル本には多くの事例紹介があるが、断片的な情報の集積になっている。トラブル防止のためには、これらは体系的にまとめられる必要がある。
6.2 『マサカ』のトラブル
- 『マサカ』であるから想定外の条件・状況・使われ方によって生じる。技術者にとっては、新しいプロジェクトを担当するたびに、「マサカ」に遭遇する危険があることを忘れてはいけない。
- ある特定の条件下や、重複した条件下で起こるトラブルが多く、状況把握が難しい。
- したがって因果関係が複雑で、再現性を把握する事が難しいので解決が遅れることが多い。
- 一定レベルの技術者では絶対行わないようなことを、設計または施工することにより発生するトラブルも「マサカ」である。この場合も、トラブルの原因が、遭遇した当事者の技術常識の範囲外にあるため解決が遅れる。
- 自然現象や、建築・専門外の設備に原因があることも、想定外のトラブルとなりやすい。
- また、取扱い上の配慮不足も想定外となる。
- 経験不足の技術者にとっての「マサカ」は、上司にとっては「マタカ」である。
6.3 『ヤハリ』のトラブル
- 設計・施工の過程においては、工事費や建築設計との取合いの関連で必ずしも満足の行く対応となっていない場合がある。特にVE(Varue engineering)の名のもとに行われるCD(cost down)の際に発生しやすい。
- これらについてはあらかじめトラブル(勿論大きな問題ではないが)や不具合の発生が想定されている場合は、発注者側にもある程度の了解も得られているのが通常である。
- 従って発生したトラブルに対する感想は『ヤハリ』ということになる。
- 当然のことながら、関係者にとっての反省材料となるので、再発防止に役立つといえる。
- トラブル発生が予想できなかった場合は勿論『マサカ』である。
6.4 『ナルホド』のトラブル
- トラブル本などで他人のトラブル(特に『マサカ』トラブル)に接した場合の感想がこれである。
- 自己の関与したものでないため、教訓となるような因果関係が示された場合は、客観的に判断・考察できるので、素直に納得されやすい。
- 筆者の連載が始まった際には、施工関係の管理職の方々からの評判が良かった。これは、トラブル経験が多かったため、筆者の連載中の未経験のトラブルに関しても『ナルホド』と納得されたものと思われる。
- 経験の少ない学生の場合は、トラブル話を聞いても身に付く程度は小さいであろう。したがってトラブル教育に関しては、ある程度の経験が必要であり、もちろん社内教育である。
- 筆者の恩師は、「失敗をしたことがない技術者は成長しない」と云っておられたが、沢山失敗するわけにはゆかない。他人の失敗を『ナルホド』と納得する機会は重要である。
6.5 『アワや』のトラブル
- 建築設備の運用に当たっては想定外のトラブルに遭遇することがよくある。しかし関係者の的確な対応によって大きなトラブルになる前に対応されていることが多い。
- トラブル発生前に気が付いて対応したのであるから、『アワヤ』である。
- 『アワや』であるから、実際にはトラブルとなっていないが、教訓となる要素は多い。
- これらのアワヤのトラブルは関係者のみの知見・経験となっていることが多く、報告書もないであろうから、お酒の席やお茶の席でポロリと漏らした話しか事例はない。したがって、トラブル本には、殆んど紹介されていない。
- これらの事例も設備技術者の一般常識となっていることが望ましい。
- 筆者の試験では、この種のトラブルは試運転調整時や建物のオープン時に発生することが多い。
:という事でトラブル情報の発信がトラブルの減少の近道であるといえる。