建築設計と設備トラブル(5)‐③ ~建築設計の着手前業務~
◆なかなか決まらぬ基本計画
基本計画は、可能性追求業務といえるから、エンドレスな業務となりやすい。コンペなどではじめから意思決定がなされる場合は別として、ひとつの提案だけで意思決定されることは全くないといってよい。通常はベテランでも4~5案、平均して10案程度は提案している。知り合いの設計者からは最高記録で27案出したことがあると聞いた。現役時代でも、建築設計部門に顔を出すたびに、若手の図面が変更されていることは良くあった。計画図の表紙には、タイトル「(仮称)○○ビル基本計画図」の後に識別のためにA案、B案,C案,D案・・・と書いてあるのだが、打ち合わせに行くたびに変更になり、「○案」ではなくて「×月×日案」と表示してくれと先方からいわれたそうである。発注者側でもP案,Q案,などというタイトルを見るのは気が引けたのであろうが、それほど変更が多いというのが実態である。
これには、計画のレベルや、設計者のプレゼンテーション能力、事業者の要求を的確に引き出すコミュニケーション能力が関係することはもちろんであるが、事業者の意志決定が遅くなればなるほど設計者にとっては負担増となるのである。
◆やる気にさせる「造注」という言葉
読者諸兄は「造注」という言葉を聞いた事があるであろうか。この言葉はバブル時期にデベロッパーやゼネコンが業務拡大のために採用した手法の名前である。建設業界の商取引の基本は発注 ⇒ 受注であるが、造注とはその名のとおり注文を作る事であった。言い換えれば、その気のない土地所有者に、土地の有効利用や相続対策などその気になるような企画書を提案して建物建設の注文を取ろうと言うことである。土地所有者がテナントを探すのが面倒であろうと、行き着くところテナント保証にまで至ったのである。この結果がバブル後遺症として、デベロッパーやゼネコンの財務体質を苦しめている事はよく知られている。事業者側がその気にならないと物事が始まらないのが建設業の特徴とはいえ、こんな事までしたのかという意味では『マサカ』の現象であったといえる。