184、185 建築設備への一面的考察

2019年09月29日

『マサカ』の話  184     建築設備への一面的考察     山本 廣 資

 新年最初の号なので数字やグラフの多い話は別において、建築設備全般について気づいたことをあげて、トラブルや省エネ対応の参考に供したい。

◆建築設備とは

 建築基準法では、用語の定義として、第1条3項に、「建築設備:建築物に設ける電気、ガス、給水、排水、換気、暖房、冷房、消火、排煙若しくは汚物処理の設備又は煙突、昇降機若しくは避雷針をいう」とある。これらの建築設備は一般的には大きく電気設備、給排水設備、空調換気設備、エレべーター設備に分けられる。消火、排煙、汚物処理、避雷針などは上位の設備に包括されている。給排水・空調換気をまとめて機械設備と呼ぶこともあり、設計・施工の現場では、技術者は設備屋、電気屋とよばれ、単独で「設備」という場合は電気設備が含まれないことが多い。最近は防災設備が積算の一項目として独立して扱われることがあるが、防災屋という呼称は聞かない。

この中で毛色の変わったものが昇降機設備で、設備というよりは装置のニュアンスが強い。機能用途が限定され、建築との取合いも製造者側で直接打合せできるため、通常は建築設計者が建築設計に組み込んでいる。資格試験に含まれているので、設備設計一級建築士の業務範囲になるのであろうが、実情は建築設計者にお任せである。

設計業務に関していえば、エレベーターだけでなく電気設備設計についても、機械設備専門の設備設計一級建築士が設計できるのか、そもそも小規模ビルといえども一級建築士が設計できるのかという本質的な問題があるが、話が大きくなるのでここでは問題提起にとどめる。

◆給排水・電気・空調の3設備の性格付け

筆者の友人の定義づけによると、給排水設備は「生存設備」、電気設備は「生活設備」、空調設備は「贅沢設備」であるとのことである。

人類の生活の変化と、インフラの充足もこの順序で発達してきている。水がなければ生きてゆけないのであるから給水設備は生存のためには必要である。電気設備(照明・動力)が生活を豊かにしていることは言うまでもない。寒冷地での暖房は生存のために必要であるが、長い間人類は冷房なしで生活をしていたのであるから、空調設備(冷房)を「贅沢設備」と呼ぶのもあながち意味のないことではない。機能面でも、水の供給と排出、電気の供給という比較的簡単な目的に比べ、室内環境の快適性の維持というある意味の贅沢さが求められている。

大災害の場合でも、水・電気・ガスのインフラの被害の有無と、被害があった場合はその復旧が喫緊の課題となる。建物内の設備についても被害があった場合は、生存・生活設備の復旧が優先され、ひっくり返った室外機の復旧は後回しである。

換気設備に関しては、以前は汚染空気の排出という「生活設備」の側面が長かったが、最近は高気密建築の普及とともに生存設備としての側面が大きくなってきている。宇宙空間や潜水艦内ではないのに、空気(酸素)を供給する換気(給気)設備が生存設備となるような傾向はおかしい。

◆搬送する媒体と付随するトラブル

 3設備とも要求される機能を満たすために必要な媒体を搬送している。それぞれ電流、水、空気である。各設備とも負荷計算、容量計算の他に、搬送のための設計が設備計画・設計の重要な部分を占めている。ここでは、洩れたら困るという搬送媒体について述べる。

・電気設備の搬送媒体

電流はある意味危険物であり、これに触れることは命に係わる。したがって漏洩は絶対に防がなければならないから、搬送のための部材(電線)は絶縁されている。漏電を感知・予防するための漏電ブレーカーも設置される。搬送にあたっては必要以上の容量を送ったり、抵抗などがあると熱を持つ。また操作上配慮することも多い。したがってこれらの危険性を防ぐために「内線規程」が定められている。そのせいもあって、3設備のうちで電気設備のトラブルが最も少ない。

・衛生設備の搬送媒体

 生存のために必要とはいえ、水は器に入っていることが必要である。電気のような危険性はないが洩れては困る。空調設備のトラブルも含め、漏水は設備の3大トラブルの一つである。

 密閉配管系内の水は通常は洩れることはないが、経年変化に伴い腐食により漏水事故が発生する。漏水への素早い対応のためには、パイプシャフトなどの配管経路へのアクセスの容易さと、手直しに必要な作業空間の確保が設備計画上重要である。

排水は開放配管内を自然勾配により流されるので、「先が詰まれば手前で溢れる」という給排水設備の法則がみられる。

・空調・換気設備の搬送媒体

 漏れてよいわけではないが、臭気や厨房排気以外は、漏れることによる被害や機能低下は少ない。

◆負荷変動の範囲

3設備とも使われる際に負荷が発生する。しかし、給排水・電気設備と空調設備ではその発生パターンが大きく異なる。給排水・電気設備はON-OFF又は0-100の世界であるから、問題となるのは負荷率である。特に給排水設備は、短時間の100%運転の集積であるから負荷率工学といっても過言でない。(実際には使用者により開栓による水量の違いはある)これによるトラブルは「一度に使うとお湯がなくなる」のタイトルで紹介した。

 電気設備は時間の長い100%運転の集積である。どちらの設備も配管径や電線太さは、同時使用率に配慮して決められる。

 これに対し、空調設備の負荷変動はリニア-であり、しかも暖房時の-100から冷房時の+100迄変化する。また負荷発生頻度も部分負荷の方が多い。この負荷変動に追従して室内環境を維持するのであるから、計画・設計の際のシステム選択の幅や配慮事項はたくさんある。温湿度不具合が(暑い寒いのトラブル)3大トラブルの一つとなっているのは理由のないことではないのである。

◆基本性能とその制御巾

 3設備はそれぞれの要求機能を満足させるため、搬送される媒体の量を制御しているが、ここでもそれぞれの特徴がある。

 給水設備の水圧については、器具により必要最低圧力が決められているが、上限は決められていない。以前の集合住宅では各戸には減圧弁が付けられていなかったので、下の階の水圧は高かった。水道局の給水圧は、建物入口部分で200kPaが目安であるが、管轄地域の土地に高低差があると、低い地域では給水圧が高くなる。しかし余程でなければ、水圧に対する許容幅は大きい。

また、同時使用率が高い場合も水栓の水の出が悪くなってもクレームになることは少ない。排水勾配も基準通りでなくても不具合が発生しないこともある。

 空調設備の風量に対する許容幅も大きい。空調機のエアフィルターの目詰まりにより送風量が低下しても室温制御への影響は小さい。これは冷水コイルの選定に余裕があるためである。排気設備でも設計通りの風量でなければ機能が満たされないわけではない。厨房系統のシロッコ型排気ファンは羽根が油で汚れ風量が低下するが、清掃するまでは排気が悪くても許容範囲内であるといえる。

機械設備にトラブルが多いのは許容幅が大きいせいであるともいえる。

((有)環境設備コンサルタント 代表

(ヤマモト ヒロシ)



『マサカ』の話  185  建築設備への一面的考察②

 先月の話題をもう少し続ける。

建物の冷房設備が贅沢設備であると述べたが、建物の大型化や超高層ビルの出現により、住宅や社員寮以外では次第に生活必需品(生活設備)に変わって来ている。大型建物では、大きな窓開口があっても夏の室内環境改善には全く役立たないことは自明であり、そもそも超高層ビルでは窓は開かない方が多い。

と云う事で、窓の小型化・密閉化により現在では空調(冷房)設備の無い建物は殆んどないといえる。今月は、冷房設備が贅沢設備とみなされていたころのエピソードをお話しする。

◆「冷暖房完備」の時代

筆者が初めて携わったビルは昭和渋谷駅前の「渋谷東急ビル(渋谷東急プラザ)」である。この現場での経験は、以前に本連載の「設備技術者の修業時代」で述べた。このビルは2015年の3月末に閉館となり、現在は取り壊されて大型再開発ビルが建設中である。(竣工した)

昭和41年4月の竣工時、9階飲食店街テナントのロシヤ料理店「R」は、周辺にあった既存店の入り口ドアに掛けてあった「冷暖房完備」の看板を持ってきてこのビル内店舗入り口にかけた。 このころは「冷房」設備が贅沢設備であって、「冷暖房完備」が客寄せになる時代だったのである。

このビルには閉舘前に、竣工後しばしば呼出された地下の中央管理室を久しぶりに訪問し、管理の方が知りあいであったので、若い方も交えて竣工当時のいろいろな話をした。

その後地下飲食店に立ち寄り、東京で初めてこのビルに出店した大阪のお好み焼き店で昔を偲んだ。

◆設計図の制作現場では、冷房設備は必需品

 筆者の大学時代は、一般のビルでは冷房設備は贅沢設備ではなくなりつつあったが、学校や現場事務所では暖房設備はあったが、冷房設備はまだなかった。学生時代の設計製図の用紙はケント紙であった。
夏は腕の汗のせいで紙がふやける。堅い鉛筆で図面を描くと線の部分が深くえぐられて、消す時になかなか消えないだけでなく、痕が白く残り、仕上がりがみっともなくなった。製図用の鉛筆は季節によって硬度を変える必要があった。

会社に入ってからの製図用紙はトレシングペーパーであった。冷房設備を施工するための現場事務所にはまだ冷房設備はないので、トレシングペーパーも同様にふやける。この紙に描いた図面を書き直しした場合、消した跡が残るのはケント紙と同様であるが、青焼きした際に消した線も薄く青図に出てしまうのには困った。CADで図面を描いている方々にとっては信じられないことであろう。

図面作成の場は、工場と同じく生産現場であるからその後まもなく現場事務所にもルームクーラーが設置されるようになった。

◆純粋セントラル方式

 熱源機と1台(!)の空気調和機で全館空調を行うという、(純粋な)セントラル方式は、空調設備の参考書にまだ載っている「冷暖房完備」の時代の空調システムである。したがって古い建物にしか残っていないであろうが、設備改修されていてこの方式の設備を見ることは殆んどないと思われる。

方位別、階別ゾーニングもなく、温度制御は一カ所(代表室または環気温度)というのは、(「贅沢設備」なのだから)冷房さえあればよかろうという時代のもので、インダクション(誘引)ユニットシステムと同様わが国では絶滅したのではないだろうか。

 ちなみに、小生はこのシステムの設計・施工経験は全くないが、定年後某事務所から既存官庁施設の調査を依頼された際にこのシステムに初めて出会った。同行の若干年下のゼネコンOB技術者も「山本さん、こんなシステムってあるんですか」と吃驚していた。

 なおこのビルではチラー+温水ボイラという熱源機が、ガス冷温水機に変更されていたが、同じ機械室内に冷温水タンクが設置されていた。1台しかない空調機は同じ部屋に設置されており、保有水量が少ない。チラーやガス冷温水機のハンチングを起こさないためには、一定の保有水量が必要であるので、(冷温水)貯水タンクを設置したものである。

◆将来冷房化可能な設備

 設計事務所に移ってからも、官庁関係の小規模な施設では、工事予算によっては暖房設備のみで冷房設備を設置できないことがあった。

予算によって設置が見送られるなど、冷房設備が贅沢設備であって、生活設備とはみなされていなかったという事である。

 ちなみにこの場合は、将来冷房できるようにと、各室の端末機器は放熱器やファンコンベクターでなくファンコイルユニットとし、内部系統用も温風暖房機でなく空調機を設置した。配管は白ガス管、保温も冷房仕様とした(ダクト保温も同様)。要するに将来予算が取れたら、冷房用熱源機を設置すれば冷房できるように計画した。機器スペースや冷却水配管ルートも確保した。

◆リゾートホテルに冷房は必要か?

 リゾート地のホテルや旅館では、立地条件により冬は寒いが夏は涼しいところが多く、昔は冷房設備を設けるかどうかは計画時のポイントでもあった。筆者が入った頃竣工した温泉地のリゾートホテル(客室は旅館タイプ)には蒸気暖房設備のみが設置された。

 その数年後業績が良いので別館を増築することになった。この時客室の冷房設備の設置を求められた。建設地の気象条件からは、冷房は殆んど必要ない。しかし支配人からの冷房の要望理由がなるほどであった。

冷房設備がないと、「温泉から上がってビール一杯」の時に暑いというクレームが多いそうであった。夏に1週間から10日程度の要求であるが、宿泊客からの要望であるので無視できない。この時は、旧館の1階ロビー、店舗も内装改修に伴い冷房化を行った。

 その後も同様な施設で予算によって冷房を取りやめようというケースもあったが、上記の使われ方を例に挙げて冷房設備予算を確保してもらった。

◆使わなければ省エネとなる

 ビルのエネルギー消費量の原単位は使われ方によって大きく異なる。官庁関係施設の原単位は一般の事務所ビルよりは小さい傾向にある。これ冷房運転期間や時間が規制されているためであろう。

◆個別方式は増エネになりやすい

 これとは逆に、個別方式へのシステム変更が増エネルギーになった事例は、先々月号にご紹介した。
原因はいろいろ考えられるが、快適性・利便性のある贅沢設備の運転を利用者任せにすれば、増エネルギーのなるのはある意味当然であろう。

 ※追加の解説:温度設定と運転時間の利用者任せが原因である。


◆贅沢設備の省エネ

 空調設備の省エネで真っ先に浮かぶのが設定温度の変更であるが、贅沢設備ならではの省エネアイテムと云えよう。

◆マンションの省エネ

 シンガポールの気候は年間暑いが、現役時代40年以上前に出張で行った際は、一般庶民のマンション(アパート?)には贅沢設備である冷房のない住戸が多かった。これらのマンションでは玄関扉が鉄扉とガラリ戸の二重になっており、鉄扉は開放されてガラリ戸が常時使われていた。我が国の場合はマンションの玄関扉は常時閉鎖式の甲種防火戸となっており、通風による快適性の向上は期待できない。消防法を改正してマンションの玄関の防火扉を開放できるようにすれば、冷房用エネルギー消費量は削減できると思うがいかがであろう。

((有)環境設備コンサルタント 代表

(ヤマモト ヒロシ)

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