『設備技術者の修行時代⑤』-2

2021年12月19日

≪竣功間近の火事≫(続き)

竣功は1ヶ月延びた。「竣功が延びて助かったですね」とSさんに言ったら、「誰に聞かれるか分からないから、そんな事は絶対に言ってはいけない」と叱られた。放火であるのは確かなので、渋谷警察署の刑事が毎日事情聴取のため、現場事務所に来て話し込んでいたのである。

僕らはあまり関係なかったが、SさんやHさんはやることがいっぱいあるのに話し相手にされて大変だったと思う。警察に協力するのは吝かではないが、特に大事な職人を忙しい時期に呼び出されるのには困った。一人一人にどこにいて何をしていたか確認をとっていたので工事に差支えた。職人といえば、鎮火後すぐに各社の棒芯を呼んで出面を確認し、全員事故がないことを確認したが、一人だけ落ちがあった。まだ時期でなかったので一人だけ来ていた塗装会社の職人さんは火元の7階にいて煙で逃げられず、火元と反対側の窓のサッシにぶら下がっているところをハシゴ車で消防夫に助け出されたそうであった。この人が来ていたことは誰も気付かず、この話は数日後分かった。

この火事には前段があり、前から小さな放火が頻発していた。ビル裏側の便所で便器を包んであったダンボールに各階続けて昼休みに放火された。この場合は他に燃えるものもなくすぐに消し止められたが、可哀相だったのは計装工事業者の遠方操作配線の焼失であった。当時は遠方操作配線は操作ポイント毎のゾロ引き配線であったので中央監視室には沢山の配線が集まる。その中央監視室入口前にある、配線済みのプルボックス(まだ蓋はしてなかった)のすぐ下でも放火されたからたまらない。配線は全部やり替えとなった。

この後T建設がガードマンを強化し、入社前の新入社員も見回り専用に配属して事故再発防止に気を付けていたのだが、約1ヵ月後やや気が緩んだ時期を狙われて上記の火災になったのである。

竣工後も9階の飲食店の開店前に放火があり、スプリンクラーが作動して火はとめたが、下の階のT社の事務所に漏水した。結局犯人は挙がらなかった。

≪竣工前の忙しさと工事ミス≫

火事のお陰で竣功が延び、助かったのは確かであるが、竣工前の忙しさはどこの現場も同じである。家に帰らなかったことも何日かある。心配して夜遅くなって家から電話があっても必ず現場にいる。お陰で両親に信用が出来たのはその後の社会人生活で大変助かった。応援に来たI君は入社したばかりでこの忙しさの中に投げ込まれ、家に帰って口も利かなくなってしまったので、心配された母上から所長のSさんに電話があったほどであった。この時期の残業時間は200時間以上。あまり多いし、拘束時間的なものもあったので、Hさんから言われて一割程度カットしたが、それでも最高250時間程度までになった。

高度成長のこの頃はどこの現場も大忙しで、筆者の身近な仲間でも、新婚間もない社員が3、4日も家に帰らず奥さんが現場に尋ねてきた例や、嫁さんの実家に同居していて帰宅が毎晩遅いので相手方の母親から「娘に至らぬところがあったら、おっしゃってください」と浮気を疑われた例などI君と似たような事例はたくさんあった。

施工ミスは以下の2件だけである。

①9階の飲食テナントで打ち合わせミスで、ダクトのないところに吹き出し口の孔が開けられてしまった。M君から相談を受けたが天井をばらしてやり直す時間がなく、吹き出し口も納品されていたので、そのままつけてしまった。近くに吹出し口があり機能上は問題なかったのもその理由である。これは何年か前の大改修の際にT工業の後輩に見つかってしまった。

②9階飲食店テナント厨房・便所の排気は、屋上に排気塔を数ヶ所設けそこに排気していた。竣工後あるテナントのトイレの排気が悪いので調べたら、ダクトにファンがつながっていなかった。その代わり別なテナントのダクトには9階の天井内のファンと屋上の排気シャフト内ファンと2台がシリースにつながっていた。200×200の全く同サイズのダクトだったので間違えたのである。

この程度のミスですんだのもS所長、Hさんが目を光らせていたからであろう。


Copyright © 2019-2020  建築設備解体新書 All Rights Reserved.
Powered by Webnode
無料でホームページを作成しよう! このサイトはWebnodeで作成されました。 あなたも無料で自分で作成してみませんか? さあ、はじめよう